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(1)カミングアウト
(2)「人権」問題としての同性愛〜「府中青年の家」裁判

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(1)カミングアウト
 

 「カミング・アウト」とは、同性愛者としての自分を肯定し受け入れた上で、自分が同性愛者であることを、自分以外の人に言うことを表す言葉です。「カミング・アウト」は、アメリカで“coming out of the closet”の短縮形として使われるようになったもので、“closet”は「(収納用の)戸棚・物置」を指しますが、日本風にいえば、「押し入れ」のイメージに近い感じで使われているようです。つまり、「押し入れの中から出てくる」という意味です。まず、この「押し入れ」が何を指しているかについて説明する必要があるでしょう。「押し入れ」というのは、同性愛者が、社会の抑圧によって、自分の性的指向を隠し、異性愛者のフリをせざるを得ない状態を指しているのです。「押し入れ」に入っていないと、嫌がらせを受けたり学校や職場にいられなくなったりするといった不利益が生じることになるので、同性愛者のほとんどはじっと「押し入れ」の中に隠れて耐え忍んでいます。そこから間違って出てしまわないように、すなわち同性愛者であることがバレてしまわないように、莫大なエネルギーを使っていることにもなるのです。

 同性愛者は、日常生活では一見平然としているように見えても、精神的には追い詰められていて、押し入れのように狭くていき場のない空間でしか、自分らしく振る舞えないのです。その空間とは、具体的には同性愛者だけでいる空間ということになりますが、それを確保することさえ難しいばかりか、一人でも異性愛者が入ってくるだけで、簡単に緊張に満ちた空間に変わってしまいます。例えば、同性愛者だけで旅行に行って、ホテルの部屋でリラックスして異性愛者とはできない会話を楽しんでいたとしても、ホテルの従業員がお茶を入れに入ってきただけで、会話の内容や場の雰囲気を急転換させなければならないのです。

 こうした「押し入れ」から出てくるには、自分を肯定し、自分に自信を持って生きていく決意と仲間の支えが不可欠になります。というのは、「押し入れ」から出てくれば逆に、露骨に偏見や差別にさらされて、隠れているよりも厳しい状況にほうり込まれる場合もあるからです。もちろん「カミング・アウト」すれば、「押し入れ」よりもはるかに眺めのいい場所に出られるわけですから、新しく豊かな生き方の可能性が開けることは間違いないのですが、やりがいのあるシビアな選択として、相手やタイミングを慎重に考える必要が出てくるわけです。ですから、狭くても「押し入れ」の中だけの自由に満足してしまう人も出てきて当然でしょう。
 私は、友人に「カミング・アウト」し始めた当初、こうした意味をほとんど理解しないでいました。まるで「御代官様」や「神父」に罪の許しを乞うように、「自分は悪い性癖を持っているけれど、今までと変わりなく付き合ってくれ。ダメなら去ってもかまわない」といった非常に卑屈な語り方をしていたのです。

 そして、相手が「誰を好きになっても個人の自由なんじゃない」「これまでのオマエとの関係は何も変わらないから安心しろよ」などと言ってくれようものなら、宝くじにでも当たった気分になって舞い上がって喜びました。「認めていただいてありがとう」と本気で感謝していたのです。

 ところが、そうした言い方をした友人たちとは、なぜか時が経つと、自然に距離が出てきて会わなくなってしまうことが多かったのです。「あなたとの関係は何も変わらない、と言っておきながら、私の目の前で、私が説明したことなど忘れて、テレビのホモ(レズ)ネタに対して相変わらず笑っている友人に絶望的な気分になった」というゲイもいます。逆に、私が同性愛者だとわかると、理解できないところを、こちらの不愉快さなどおかまいなしにとことん訊いてきて、激論を戦わした友人の中からは、より深く親しくなって、今も付き合い続けている人間が多く現れました。これはどういうことなのでしょうか。

 私は、まさに「秘密の告白」をしていただけだったのです。友人から見て、私が異性愛者ではなく同性愛者だったとしたら、私への見方が変わらないはずはありません。両者は相当異質なものなのですから。その違いをしっかりお互いに認識した上で、関係性を作り直すことが「カミング・アウト」、つまり、「押し入れ」を出て新しい生き方を作ることなのだ、と私が納得したのは本当に最近のことです。

 したがって「カミング・アウト」は、ただ自分が同性愛者であるということを人に告げるだけではありません。相手に自分がゲイであること、あるいレズビアンであること、そして同性愛者の置かれている状況を伝え、相手にも、自分が「異性愛者」であることを気づかせ、同性愛者を受け入れる方向へ変えていくことまでを含む、長く時間のかかる根気のいる「過程」になるのです。そうしなければ、カミングアウトはしたけれども、それ以降相手から一切同性愛に関する話題が出なくなったり、見て見ぬふりをされたり、「押し入れ」を出られないどころか、すぐまた「押し入れ」の中に押し戻されてしまうことになります。それ程、この社会の「異性愛でなければならない」強制力、あるいは同性愛に対する嫌悪は強い、ということでもありましょう。すなわち、「カミング・アウト」は、個人的な行為にとどまらず、同性愛者を「押し入れ」に閉じ込めている社会に働きかける要素をも含まざるを得ないということになります。

 例えば、簗瀬は、母親にカミングアウトした後も「そうは言っても、アンタもいずれは結婚はするんでしょ?」「やっぱり孫の顔が見れないのは寂しいわねえ」といった質問攻めやつぶやきに対して、時にはていねいに、時には怒りながら、粘り強くコミュニケーションしていきました。そして、カミングアウトしてから6年経って、彼の母はこんなことを言ったそうです。

 簗瀬:去年(98年)の夏ぐらいだったかな、非常にうれしいことを私に言ってくれて、ちょっと感動しちゃったの。「お母さんは、あんたがゲイで本当によかったと思っているよ。自分は本当に何も知らないで生きてきたんだなあって、このごろはしみじみとそう思うのよね。私は孫の顔が見たいとかいろんなことをあんたに押しつけてきたけど、それはなんて独りよがりで自分勝手な希望だったんだろうってことが、あんたにカミングアウトされて、あんたにいろいろ言われて、自分も同性愛のことについて、自分自身のことについて考えざるを得なくなった中で、やっとわかったのよ。わたしもこんなババアになっちゃったけどさ、人間ってのは、いくつになっても変われるんだなあって、心からそう思うのよ」……その言葉を聞いたときは、とてもうれしかった。彼女にカミングアウトして心からよかったと思ったし、スカーッとした。と同時に、そこに行き着くまでは本当に大変だった。どうしてこちら側(同性愛者)だけが一方的に、何もかも彼女に説明しなくちゃいけないんだろうって、思ったよね。(同性愛のことを)なあ〜んにも知らなくも(異性愛者は)生きていける。そのこと自体があなたの持っている「権力」なんですよ、って言ったって、通じない人には通じないでしょ。例えば私の母が、ものすごいホモフォビアの塊で、拒絶されて、カミングアウトがうまくいかなかったとしても、私はなぜか罪悪感を背負わされてしまう……ってのは、やっぱりおかしいと思うんだよね。事実として、そういう人だってたくさんいるでしょ。

 あえて付け加えれば、私たち同性愛者にとって、「(ある場であえて)カミングアウトしない」という選択肢もあると思います。がむしゃらにカミングアウトしても、状況によっては自分がボロボロになるだけの時もあるからです。カミングアウトしたときのリスクと、自分の内面との微妙なバランスとタイミングを考えて行動せざるを得ないのが現状なのです。「カミングアウトしないのは自分が弱いからだ」と自分を責めてしまう人もいますが、カミングアウトできないのは、同性愛者を受け入れない社会の方により責任があるわけで、「自分が悪い」と考える必然性は全くありません。なにしろ、まず自分自身を肯定的に受け入れることがじゅうぶんできるようになってからでないと、自分のことを他人になんて説明できないし、それからカミングアウトしても全く遅くはないのですから。

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(2)「人権」問題としての同性愛 〜「府中青年の家」裁判〜
 

 同性愛者の「人権」問題を語る上で欠かせないのが、動くゲイとレズビアンの会(通称アカー)によって担われた、 「府中青年の家」の宿泊利用をめぐる裁判です。

 アカーは、1990年2月に東京都府中市にある「府中青年の家」を、勉強会合宿をするために宿泊利用しました。アカーは、事前に議論を重ねた末、「いつも団体名を無難なものにして利用するのはもういやだ」と、同性愛者の団体だということを明らかにして利用することに決めました。青年の家のリーダー会(その日利用する団体の代表者が集まって、各団体の活動内容をお互いに紹介する)で、「私たちの団体は、同性愛者どうしお互いに助け合いながら、同性愛に関する正確な知識・情報を広め、社会的な差別や偏見をなくすための活動を行っています」と活動内容をきちんと自己紹介したのです。すると、その夜から、アカーのメンバーたちは、他の宿泊利用者から、浴室をのぞきこまれて笑われたり、「こいつらホモなんだよな」「またオカマがいた」などの言葉を食堂や廊下などで浴びせられるなどのいやがらせを受けたのです。

 アカーのメンバーは、青年の家側に宿泊者全体での話し合いを要求しましたが、不十分な会しか開かれず、青年の家の所長との話し合いも拒否されたばかりか、事件後改めて申し込んだ5月の宿泊利用まで拒否されてしまいました。

 アカーのメンバーは弁護士を通じて、教育委員会に請願したところ、教育委員会は、「青年の家には、健全に使ってもらうために男女別室ルールというものがある。同性愛者が宿泊利用すると、同室に泊まった者同士がセックスをする可能性があるから、同性愛者の宿泊利用は認められない」という結論を出してしまったのです。この結論を認めるわけにはいかないと考えたアカーのメンバーは、信頼出来る弁護士の協力も得て、1991年2月、東京都に対して損害賠償を求めるという形で裁判を起こし、同性愛者の青年の家宿泊利用の是非を問うことにしました。

 東京都の言い分は、偏見に満ち、少数者への配慮に全く欠けるものでした。即ち(1)同性愛者を同室に宿泊させると性行為が行われる可能性がある(だから男女別室にしている)(2)他の青少年が性行為を目撃、あるいは想像することにより健全な成長がそこなわれる(3)他の青少年が同性愛者に対して嫌がらせなどをする恐れがある、などです。

 アカーは、こうした立論を地道に論破していくばかりでなく、同性愛を「異常」「変態」「倒錯」と書いてある辞事典の記述の改訂や、文部省の『生徒の問題行動に関する基礎資料』で同性愛を性非行としている部分の見直しを約束させること(1994年10月に削除された)などに力を注ぎ、裁判をめぐる状況を変えていきました。

 また、海外の同性愛者との積極的な交流の中から、当時サンフランシスコの教育委員長をしていたトム・アミアーノ氏(同性愛者。同市の同性愛者の生徒へのサポートサービスの推進者。現在同市の市政執行委員として活躍中)に証言台に立ってもらい「青年の家でセックスをするな、というルールだけあればじゅうぶんで、それでこちらではうまくいっている」という発言を引き出しています。

 さらに全国の青年の家を電話で調査し、家族なら男女を同室に泊めるところ、部屋割りは宿泊団体に完全に任せるところなど、男女別室ルールが東京都が言うように絶対不変でないことを証明したりもしています。「裁判みたいな過激なことをしなくても…」という声は、同性愛者自身からもありましたが、実際は過激どころか、こうした地に足のついたささやかな活動の積み重ねを行ってきたのです。

 そして、1994年の3月30日、東京地裁は、(1)は、性行為を行う「具体的」な可能性がなければ利用を拒否できない。アカーにそういう可能性はない、として退け、(2)についても「目撃する可能性は低く、想像しても有害ではない」と認められず、(3)に至っては、嫌がらせをする側に対する利用拒否の理由になるだけであると、東京都の主張をことごとく退け、憲法20条の学習権・21条の集会の自由が侵害されており、利用拒否を違法とするアカー側の勝訴判決を出しました。

 注目すべきは、判決文の中に、異例とも言える「同性愛、同性愛者について」という章が設けられ、同性愛に対し「人間が有する性的指向の一つであって、性的意識が同性に向かうものである」と公的に初めて価値中立的で偏見を含まない定義が与えられた点です。続けて、サンフランシスコを含む世界の情勢や、同性愛者は孤立し抑圧されていたこと(つまり現実に差別があるということ)までがきちんと記されているのは、画期的でした。

 しかし、東京都側はこの判決を不服として控訴し、新たに「青年の家に同性愛者がいること自体、他の青少年に悪い影響を与える」などという、同性愛(者)を否定する論理を持ち出して来ました。アカー側も、同性愛者の宿泊を認めている青年の家を利用して、何もトラブルが起こらなかったという事実を証拠として提出するなどの攻防(この過程で、後述する、私とやなせが中学・高校で行った同性愛の授業が、中高生にも同性愛は十分理解できる証拠として、その他の性教育実践とともに提出されました)があり、第二審は、一審より半年も長くかかりました。

 そして、1997年9月16日、一審以上に東京都の「過失」を認めた画期的な判決がおりました。判決では、東京都がアカーに対して府中青年の家の宿泊を拒否したことは、全くの違法であると断言し、東京都の主張はことごとく却下されました。アカーの実質全面勝訴です。

 東京都が「青年の家」は「教育施設」だから「男女別室ルール」を適用して「宿泊は認められない」と主張したことに対しては、「異性愛者のためのルールを機械的に適用するのは誤り」で、「著しく不合理で不当な差別的とりあつかい」で「同性愛者の利用権を制限するのは違法」だとしています。そればかりか、「男女別室ルール」自体も「そもそも利用者が性行為に及ぶ可能性は少ない」「利用者の自覚に期待するだけで、効果は疑問だ」などと、「一般的に貫徹すべきルールではない」と、その存在そのものに疑義をさしはさんでいます。一審では「性行為に及ぶ具体的可能性」がないから違法、としていたのに比べると、とにかく宿泊させないことは違法とする一審よりも大きく踏み込んで前進した判断になっているのです。

 さらに、東京都が「90年当時は正確な知識」がなかったので「拒否判断は仕方がなかった」とした点については、きっぱりと「行政当局としては、少数者である同性愛者を視野に入れたきめの細かい配慮が必要で、同性愛者の権利・利益を考えなければならない。そうした点に無関心であったり、知識がないということは、公権力の行使者として、当時も今も許されることではない」と述べています。裁判の判決で行政に対してここまで批判したものは、日本では、極めて珍しく、こういった視点は、同性愛者のみならず、他のマイノリティ(少数派)や社会的弱者にも当てはまるはずで、大きな意味を持つ判決だと考えられます。

 その他、二審で東京都が新たに持ち出したことについてもことごとく退けています。「(宿泊利用ではなく)日帰りの利用でいいのでは」に対しては、「宿泊利用してこその青年の家」なのだから「そんなことは言えない」。「小中学生が同性愛者と一緒にいると悪影響を受ける」に対しては、「小中学生が同性愛者と一緒にいても、職員は十分に対応できる」。そして、「教育施設だからと言って、青年の家の管理者に大幅な裁量権はない(要するに同性愛者を排除する権利はない)」と言い切っています。

 全体として、アカーの7年半の地道な努力が実を結んだ価値ある判決で、東京都も最高裁への上告を断念し、同年……に確定しました。この判決の大きな意義を広め、実際的な適用を求めて生かしていきたいものです。

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