同性愛者は死刑
−−イランの同性愛者弾圧の実態−−
 「シェイダさん在留権裁判」の最大の焦点は、シェイダさんが難民条約で規定される難民であるかどうかという点です。難民条約上の難民であるためには、以下の条件が必要です。
 (1)「人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること、もしくは政治的意見」を理由として、(2)迫害を受けているか、十分に理由のある迫害の恐怖を抱いているために、(3)本国の外におり、帰国を望んでいないか、帰国することができないこと。
 この裁判の焦点は、イランにおいて同性愛者がどの程度の迫害を受けているか、シェイダさん直面する迫害の恐怖が「十分に理由のある迫害の恐怖」と言えるかどうかということです。はたして、イランでは同性愛者はどんな状況に置かれているのでしょうか。
1.イラン・イスラム共和国刑法、イスラム教シーア派教学における同性愛者

 イランの同性愛者処罰規定の原典であるイラン・イスラム共和国刑法では、同性間性行為に関する罰則規定は以下のようになっています。

イラン・イスラム共和国刑法
第108条 ソドミーとは二名の男性で行われる性行為で、かつ性器の挿入を含むもののことを指す。
第109条 ソドミーが行われた場合、挿入者と被挿入者はともに処罰の対象となる。
第110条 ソドミーの処罰は死刑であり、執行の方法はイスラム法判事の指示に基づく。
第111条 挿入者と被挿入者がともに成人であり、健康な精神状態で自由意思によりソドミーが行われた場合、これを死刑に処す。
第121条 二名の男性間の挿入を伴わない性行為の場合、両者を100回のむち打ち刑とする。
第123条 二名の血縁関係にない男性が、不必要に全裸で横たわった場合、両者を99回のむち打ち刑とする。
第124条 性欲をもって同性とキスを行った場合、60回のむち打ち刑とする。
より詳しい条文等は以下「国際レズビアン・ゲイ連盟」(ILGA)のホームページを参照(英文)
http://www.ilga.org/Information/legal_survey/middle%20east/iran.htm

 イランの刑法は、イランの現体制が国教とするイスラム教シーア派の立場からイスラム法(シャリーア)を解釈して制定されたものです。上記条文は男性間の性行為を対象としたものですが、女性間の性行為についても非常に重い罰則規定があります。
 刑法の背景をなしているのがシーア派法学です。イラン最高裁長官(当時)であり、シーア派法学者の最高位であるアーヤトッラーの称号を持つムサヴィ・アルデビーリー師は、1990年5月にテヘラン大学で行われた講演で、同性愛について次のように述べています。
 「同性愛者に対しては、女性であれ男性であれ、イスラムは最も厳しい処罰を科している。(略)同性愛者を拘束し、立たせ、剣により、頭から二分するか斬首するかして体を二つに割くべきである。死亡した後は、火葬とするか、山頂から投げ落とすべきである。その後死体を集め、焼却すべきである。あるいは、穴を掘り、生きたまま焼却してもよい。他の罪に関しては、このような処罰をすることはない。」
 師は同じ講演で、このような処罰を科す教学的根拠として、次のような逸話を紹介しています。「正統カリフ時代(紀元7〜8世紀)、第2代カリフであったウマルの前に一人の男が連れてこられた。この男は同性愛者であった。ウマルはアリー(第4代カリフであり、初代イマームとしてシーア派の中軸的存在)に、この人物をどうすべきか聞いた。アリーは『殺害し、剣で斬首すべきだ』と述べたので、刑務官たちは指示に従い、死体の処分を聞いたところ、アリーは刑務官に、同性愛者は死体も処罰しなければならないとして、丸太に結びつけ焼却するよう命じた。同性愛者への処罰方法の起源はここにある」
 シーア派教学ではイマームは無謬であるとされており、シーア派教学を遵守する国家運営を目指すイラン現体制の正統的立場は、初代イマームであるアリーの指示を忠実に守らなければならないというものです。そして、実際に、同性愛者が残虐刑に処されたケースが数多く存在するのです。

2.90年代イランに於ける同性愛者の処刑

 法務省は、「イランでは同性愛を禁止する刑法はあるが、立証要件が厳しいため、積極的に運用されておらず、同性愛は一般的に容認されている」とし、シェイダさんは強制送還しても迫害される恐れはなく、シェイダさんの持っている恐れは「十分に理由のある迫害の恐怖」ではない旨を主張しています。(法務省の主張についてはここをご覧下さい)
 しかし、これは全くの誤りです。90年代イランにおいて、同性間性行為によって死刑にされた事件のうち、シェイダさん弁護団が知り得たケースを示します。

(1)
○日時:1990年1月
○処刑された人:三名のゲイ男性と二名のレズビアン女性
○場所:ゲイ男性:ナハーヴァンド市 Nahavand、レズビアン女性:ラングロード市Langrood。
○内容:同性愛者に対する処刑を行うイラン政府の政策に基づき、町の広場において斬首刑に処された。
○情報源:イラン国営ラジオ、新聞その他。同事件については国連人権委員会もその発生を認定し、イラン政府に問い合わせを行っている。

(2)
○日時:1992年4月
○処刑された人:イラン南部ファルース地区 Fars のスンナ派イスラム教指導者、アリー・モザファリアン博士
○場所:イラン中央部シーラーズ市 Shiraz
○内容:同性間性行為、スパイ、姦通の容疑で死刑執行。彼の告白はヴィデオテープに録画され、シーラーズ等の街路に設置されたテレビで放映された。
○情報源:アムネスティ・インターナショナル

(3)
○日時:1994年3月14日
○処刑された人:アリ・アクバル・サイディ・シラーニー氏
○場所:不明
○内容:同性愛およびスパイの罪で死刑執行。
○情報源:アムネスティ・インターナショナル

(4)
○日時:1995年11月12日
○処刑された人:メヘディ・バラザンダー氏
○場所:ハマダーン市 Hamadan 首都テヘランの西300キロ
○内容:反復した同性間性行為および姦通により石打ち刑に処される。
○情報源:ロイター通信

(5)
○日時:1997年5月12日 ○処刑された人:アボドルナビ・シャーバクシュ氏
○場所:テヘラン市
○内容:同性間性行為の罪により死刑執行。
○情報源:イランの穏健改革派新聞「サラーム」

(6)
○日時:1997年8月11日
○処刑された人:カリーム・ホセイン・アリザデ氏
○場所:テヘラン市
○内容:同性間性行為の罪により死刑執行。
○情報源:イランの穏健改革派新聞「サラーム」

(7)
○日時:1997年11月
○処刑された人:アリ・シャリフィ氏
○場所:ハマダーン市
○内容:同性間性行為、姦通、飲酒等の罪により死刑執行。
○情報源:ロイター通信

(8)
○日時:1998年12月26日
○処刑された人:H.Mという頭文字の男性
○場所:マシュハード Mashad
○内容:10代の男性を性的に誘惑した罪により絞首刑。
○情報源:イラン人権ワーキンググループ(米国のイラン人NGO)

(9)
○日時:2000年10月15〜16日
○処刑された人:不明(2名の男性)
○場所:コム Qom シーア派の中心都市
○内容:「性的逸脱」の罪により死刑執行。
○情報源:イラン週刊紙「ケイハン・インターナショナル」

(10)
○2000年12月
○処刑された人:オミッド・ナジャフ・アバディ氏
○場所:不明。
○内容:刑務所収容中の同性間性行為により死刑執行。
○情報源:イラン週刊紙「ケイハン・インターナショナル」

 当然、これらはイランの裁判制度で「同性間性行為を行った」という事実を認定された上で処刑されたケースです。実際には、これよりもっと多くの人々が同性間性行為の罪により殺害されていると思われます。また、処刑されなくても、拷問により殺害されたり、秘密部隊や民間暴力によって殺害されたケースなども、多くあります。
 特徴的なケースを簡潔に紹介しましょう。(1)は、同性愛者五名が公開で処刑されたケースですが、国連人権委員会がこのケースについてイラン政府に事実確認を行ったのに対して、イラン政府は91年1月22日、人権委員会に対して「イスラム法によれば、同性愛者が自らの行為を告白した上、その行為に固執する場合は、死刑が宣告される」と返答しました。また、この処刑に際し、イラン政府の当時の司法長官モルテーザ・モクタダーイー師が、「同性愛という卑劣な行為に対する宗教上の処罰は、それらを犯した人間を両方とも死刑に処すことである」という声明を発しています。同性愛者を処刑するというイラン政府・司法当局によるこれらの方針は、21世紀を迎えた今もなお、撤回されていません。
 (2)のケースは、反体制的な宗教指導者に汚名を着せるために「同性愛」という罪名をかぶせ、肉体的・心理的な拷問によって本人に告白を強制させたと思われるケースです。法務省は「同性愛処罰条項は立証要件が厳しい」と言っていますが、行為の有無に関わらず、拷問によって告白を強制された事例がある以上、法務省の主張は成立しません。

3.シェイダさんの抱く迫害の恐怖は「十分に理由のある」もの
 ここまで示せば、もうお分かりのことと思います。「同性愛者への処罰は積極的に行われていない」という法務省の主張とは裏腹に、イラン政府は、同性間性行為を行うものは処刑するという刑法をかかげ、実際にそれを継続的に執行しているのです。イラン刑法の背景には、イランの現体制が国教とするイスラム教シーア派の教学があり、司法府はそれに従って「同性愛に固執するものは死刑に処す」という見解を公然とかかげています。つまり、イラン政府は同性愛者に対して「ジェノサイド」(根絶政策)を遂行している、といっても、過言ではないでしょう。
 同性愛者であること、今後同性愛者として活動していくことを公言するシェイダさん。彼がイランで抱いてきた迫害の恐怖、強制送還に対して抱いている恐怖……法務省は十分な根拠も示さず、それを「十分に理由のある恐怖ではない」と決めつけ、彼を強制送還しようとしています。このような立場が、人道上許されるものでないことは明白です。