「セクシュアル・マイノリティ」は、アメリカの学者たちが使い始めた言葉で、ヨーロッパ・アメリカ社会では、日常的・一般的に使われていません。アメリカ・カナダ等に住む当事者の方からの情報でもそれは裏付けられます。
では、同性愛者や性同一性障害(広くトランスジェンダー)の人たちに対して、どんな言葉が使われるかというと、頻度の上では、“LGBT”または“GLBT”が圧倒的です。Lesbian,
Gay, Bisexual, Transgender の頭文字をとったものです。女性同性愛・男性同性愛・バイセクシュアル・トランスジェンダーの人たちを頭文字で並列的に並べた言葉です。それぞれが、独自に人権・市民権を獲得する運動をしてきた長い歴史が有り、それぞれの経緯や立場を尊重しつつ、いっしょに運動していこうという思いを込め、敢えて、ひとつの単語にくくらずに、対等に並べたと言われています。
「セクシュアル・マイノリティ」が使われない理由は他にもあります。まず学術用語であること。もともと、「同性愛」“homosexual”という言葉さえ、医学の治療対象として作られた言葉だったので、それを拒否して、“Gay”“Lesbian”という自称を用い始めた流れがありますから、欧米の当時者が違和感を感じるのも当然です。
また、実は英語では、どんな文脈で使うときも、「セクシュアル・マイノリティーズ」“sexual
minorities”と複数形で言って、決して「セクシュアル・マイノリティ」“sexual
minority”と単数形では言いません。なぜなら、多様な性のあり方に対応して、性に関する「少数派」と言っても、さまざまな当事者を含むわけで、一枚岩ではないからです。この違いが、日本で誤解を呼ぶことになるのです。 日本語で「セクシュアル・マイノリティ」という単語を聞いた時も、極めて同質の人間で構成されている、あるひとつのグループを連想してしまいがちです。「性」に関する「少数者」はひとつの集団をなしていて、場合によっては、どこか特定の地域だけに住んでいるというイメージを持つ人もいます。「ゲイ」とくくられても、その中には、多様な人がいるのに、「全てのゲイは○○である」とまとめてみんな同じであるかのように語られてしまうことがよくあることから連想してください。
したがって、当初は、「セクシュアル・マイノリティ」=同性愛者、と誤解されていた期間もありますし、今は、社会で話題になった度合に呼応して、「セクシュアル・マイノリティ」=性同一性障害の人、と認識している人も少なくありません。性同一性障害の人が戸籍を獲得する道が法的に開けたことで、「セクシュアル・マイノリティの問題は解決した」と思っている人さえいます。もちろん、性同一性障害の人たちもまだまだたくさんの問題を抱えています。「解決」はまだ先です。
同性愛者と性同一性障害の人たち(広くはトランスジェンダーの人たち)の抱える課題は、共通のものも少なくありませんが、個別に異なっている部分もあります。例えば、医療の力を借りて手術が必要な性同一性障害の人たちに対して、同性愛者は、同性愛を「治す」治療を拒否します(というか医学的にも治療の対象からはずされています)。ですから、社会に対して、偏見や不利益の解消、またさまざまな保障を求めていくときも、簡単に何でもいっしょに行動できるわけではなく、それぞれが活動する中で、いっしょにできることをじっくり検討しながら進めていくのが筋です。
しかし、今日本国内では、個別の呼び名よりも、「セクシュアル・マイノリティ」の方が広く行き渡りつつあります。それが新たな誤解を呼んでいるのです。とりわけ、“LGBT”の人たちをよく知らない人にとっては、やはり「セクシュアル・マイノリティ」という名の「ひとくくり」の人たちがいるらしい、という連想が働いてしまいます。しかし、これは当事者にも同じ問題を投げかけます。
私は、性同一性障害の虎井まさ衛さんに出会い、ゲイとしての自分のもつ課題や生き方と、虎井さんが持つ課題や生き方とは、必ずしも一致しないことがよくわかりました。お互いに語り合い、いっしょに本を出したり講演したりする中で、最初から「同じセクシュアル・マイノリティなのだから、仲良くいっしょにやりましょう」という風な「お題目」だけでは、簡単にことは進まないことも知りました。それでは「なれ合い」にしかなりません。お互いにわからないところをぶつけ、今どんな活動が必要かを知り、議論もして、そこから共通の課題を見つけつつ、信頼関係を築いていきました。“G”と“T”の間で、相互理解にはじっくり時間をかけなければいけないのです。それは、異性愛者と同性愛者が理解するのにかかる時間とそう変わらないかもしれません。そのくらいお互いに思いも状況も立場も「違って」いるのです。でも、そうした過程を経ていけば、共通の悩みもわかって、いっしょに闘える場面も見えて来ます。「セクシュアル・マイノリティ」とくくってしまうことで、当時者である私たち自身も、それぞれの違いを理解する努力を省略してわかったような気になってしまうことがあるのです。
したがって、「すこたんソーシャルサービス」としては、今後「セクシュアル・マイノリティ」という言葉を使わずに表現していきたいと考えています。その方が、お互いの違いをきちんと認識するとになり、逆にしっかりとつながっていけると思うからです。
そこで、基本的には、性的な属性のみを表す言葉を並べた“LGBT”もしくはインターセックスの“I”を入れて“LGBIT”を用い、どうしても使う必要がある時は、「セクシュアル・マイノリティーズ」と複数形にして使っていきたいと思います。
2004年5月1日 すこたんソーシャルサービス(旧名すこたん企画)伊藤悟
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