では、法務省が行っている主張にはどんな問題点があるか検証してみましょう。
(1)イランでは同性愛者は本当に迫害されていないのか
シェイダさん側は、国際的な人権団体などから資料を取り寄せた結果、90年代のイランで少なくとも14名の人が、同性間性行為の罪により処刑されたことを突き止めました。また、イラン司法当局は同性愛者を死刑に処すという公式見解を示しており、一度も撤回されたことがないこと、イランの国教であるイスラム教シーア派の教学でも、同性愛者は死刑に処すことが示唆されていることも明らかになっています(イランでの弾圧についてのデータはここからご覧下さい)。
法務省はこれに対して、「イランでは同性愛者は迫害されていない」という主張を行っていますが、その根拠は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)編集の難民情勢に関する資料「UNHCR-REFWORLD」に掲載されているカナダ移民・難民局調査部作成のレポート(1998年)にあります。
このレポートは、イランについて研究している複数の社会学者(全員匿名)へのインタビューなどを編集したものです。この報告書は、異性愛者の研究者の目から見て「イランでは同性愛者への迫害はそれほど顕著なものではない」という立論で書かれたものですが、「同性愛者であることを認めることは自殺行為である」といった記述も随所に見られ、結局、このレポートが言っていることは、「同性愛者であることを黙っていれば迫害される可能性は低い」ということに過ぎません。カナダの移民・難民局は、このレポートを参考資料の一つにしつつ複数のイラン人同性愛者を難民として受け入れる決定をしています。このレポートだけをもって「イランでは同性愛者は迫害されていない」というのは、あまりにも証拠不十分といえましょう。
(2)「十分に理由のある迫害の恐怖」とは何か
シェイダさん側は、イランにおける刑法や死刑執行例、社会的迫害などを挙げて、シェイダさんが「十分に理由のある迫害の恐怖」を有していると主張します。それに対して法務省は、個人に対して逮捕状が出ている、訴追されている、有罪判決が出ているなどといった、個別的・具体的事情がなければ「十分に理由のある迫害の恐怖」とは言わないと主張しています。
国際的に見た場合、法務省の「難民条約」解釈は極めて異端的なものであると言えます。冷戦後、民族紛争が多発し、民族的・宗教的少数派などへの迫害が強まっていますが、これらの迫害は個人を訴追して行うなどといったものではなく、突発的に発生し、不特定多数が生命・身体の危機に陥ることになるのが普通です。こうした状況にてらし、欧米やオーストラリア・ニュージーランドなどでは、「十分な理由のある迫害」の範囲を広く取る方向で難民となる要件を拡大しています。ひとり日本だけが「逮捕、訴追無しには難民としない」という解釈をとっていれば、国際的非難の対象になることは必定です。
日本でも、数多くの難民の裁判で法務省のこの見解が問題とされており、実際に、逮捕・訴追などの具体的な事実がなくても、特定の集団が置かれた状況によって難民認定を行うことがありうる、ということを明記した判決もすでに出ています。
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